HammerFallとは
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1993年、スウェーデンのイェテボリ。当時デスメタルバンドをしていたギタリストのオスカーの『Heavy Metalバンドをやりたい!』という気持ちから当時同じくデスメタルバンドをしていたイェスパーとHammerFallを結成。しかし、当時Heavy Metalは廃れており、時代はシンプルな格好で演奏するグランジやオルタナが流行。皮ジャンに鎖をジャラジャラつけて熱いHeavy Metalをやるオスカー達は周りから頻繁に『そんなの流行らないよ、まだやってるの?』と馬鹿にされる日々。オスカーは"俺達はメタルが好きだからやっているだけだ。俺のやりたいようにやるんだ"と決意。新ボーカルのヨアキムを迎えて、毎回中々上手くいかなかったコンテストに3度目の正直で出場。ベースのフレドリックの友達がたまたま撮っていたというコンテストのビデオを当時オスカーが契約していたVic Recordsの手に渡り契約が決まる。デビューまでの締め切りが間に合わず大急ぎで曲作りをしていた所、イェスパーが音源数曲をクリスマスプレゼントと称してNuclear Blastに送ると、同レーベルの当時の社長が即ハマフォを気に入り、Vic Recordsからバンドを権利ごと買い取り、突然大手レーベルからのデビューとなる。1997年、デビュー作『Glory To The Brave』がドイツを始め欧州でヒットする。メタル雑誌に大きく広告が出たり、ドイツの巨大フェス"Wacken Open Air"にメインステージに出場して大盛り上がりをしたり、ハマフォがメタルの門を開けたと欧州に衝撃を与えた。オスカーは観客を見て『皆、こういう音楽を待っていたんだ』と感動したとか。
90年代後半は日本でもメタルブームが継続しており、バンドはデビュー直後に来日、その後もコンスタントに来日。
しかし2005年のNocturnal Ritesとのカップリングツアーからパタリと来日が止まってしまう。
しかし10年後の2015年、BUSHIDOというタイトルの曲も作ったバンドがLOUDPARK15のため悲願の来日。まだ俺たちのファンがいるのかなというバンドの心配をよそに、メインステージではなかったが、沢山の人が押し寄せ盛り上がった。締めの曲のHearts On Fireの前にボーカルのヨアキムは『今度は10年も空けずに日本に戻ってきたいと本当に本当に願っている』とステージで語った。
そしてそれは実現した。4年後の2019年秋、『Metal Weekend』にてなんとヘッドライナーとして来日。そしてまたHearts On Fireの前にまた語ったヨアキム、『次はすぐに戻ってくるよ』と言い残し帰路についた。
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